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【アントンのやさしい線形代数。現代数学社、山下純一訳】の思いで

私はこの本を読んで線形代数はマスターしたという実感を持った。今、この本が売られているのかと思って検索してみると、まだ絶版ならず売られているようである。初版が1979年だから息の長い本である。それだけ名著ということだろうか。この本はアメリカ(?)の教科書でよくあることだが丁寧な説明でわかりやすい本である。

私が線形代数に初めて触れたのは高校3年生のとき【解放の手びき】の代数幾何の部分を読んでいるときだった。解放の手びきは前に書いたように非常な喜びを持って読んでいたのだが、行列の箇所だけはさっぱり面白くなかった。いったい全体なんのためにこんな行と列を掛け合わせる計算をしなければいけないのかと思い全く興味が持てなかった。そして大学に入学すると線形代数は大学1年のとき必須だった。担当した教官は全くやる気のない人でただ黒板に数式を書いておしまいという、大学の先生によくあるパターンの人だった。まあ今から考えれば、講義をするということで報酬を得ているのに、明らかに職務怠慢であり、まあ詐欺罪が明らかに成立すると思う。確か鈴木とかいう先生だった気がするが。まあいいや。ただ、たとえどんな立派な講義があっても私は授業を聞かなかっただろう。すでに高校生の頃から講義を聞くという癖がなくなっていたのだ。私は日々ラグビーの練習に明け暮れた。大学1年の夏に、今でも売っていると思うが岩波書店の理工系の数学入門コースの【微分積分】(これはまだ持っている)と【行列と1次変換】(こっちは古本屋に売った)を買って読んだりした。大学生活で唯一勉強した時期かもしれない。だが【行列と1次変換】もわかるわからないというより全く面白くなかった(と思う)。ちなみにこの【理工系の数学入門コース】は数値計算を除いてすべて買ってそれなりに読んだが、あまりいい印象は残っていない。そんなこんなで大学1年の時は線形代数は単位を落とした(と思う)。そのせいで2単位足りず留年した。大学2年のときは何とかおそらく計算法だけ覚えて単位をとった。これを取らないと進級できないからである。

そんなこんなでラグビーだけやって愉快に大学生活をすごしていたわけだが、大学4年目の11月にラグビー部も引退して暇になった。留年しているので、前から興味があった物理を知っとこうと思ってぱらぱらと本をねっ転がりながら読み始めた。そのころは歴史の本やら、哲学の本、数学の本などやたらと読んだ。広大な知識の世界にあこがれていたのだ。真理にあこがれていたのかもしれない。幸せな時期だった。正直いうが、物理を学ぶのに各分野1カ月くらいでマスターできると思っていた。力学に1カ月、電磁気学に1カ月、熱統計力学に1カ月、量子力学に1カ月、相対性理論に1カ月まあ半年ぐらいで物理の主要なものはマスターできると思っていた。そう考えたのは高校生の物理が私にとって容易だったからだ。その頃は物理の大学院に行こうなどと全く考えていなかった。そのまま農学部の院にいって2年間遊ぼうと思っていたのだ。

物理の本はファインマン物理学を読み、数学は志賀浩二さんが書いた数学30講シリーズを買って読んだ。別に計算方法をマスターしたいわけでもなく教養として数学を知りたかっただけなのでこのシリーズがよさそうに思えたのだ。私はねっ転がりながらこのシリーズを読んだ。線形代数も読んだと思うが、ねっ転がりながら読んでわかるわけはないし興味もわかなかった。今はこのシリーズの線形代数は手元にないので早々に古本屋に売ったのだろう。私の甘い見通しに反し物理には苦労させられたが知りたいという私の欲求が強くなんとか物理の勉強はそれなりにつづいた。最初はねっ転がりながらだったが、そのうち紙とペンを持ちだした。物理の勉強を続けているとどうしても行列やら行列式、線形代数の知識が必要になってくる。特に量子力学では必須だ。それでようやく線形代数学に興味を持ち始めた。きちんと学ぼうと思って最初に読んだのは確か【キーポイント線形代数】だったと思う。やる気もあったせいかこの本はよくわかった(古本屋に売ってしまったが)。体系的な本ではないが考え方がわかり独学の人に向いている。今検索してみると、まだ絶版にならずに売られているようであるのでお薦めする。でそのあとに読んだのがこの【アントンのやさしい線形代数】だった。この本は本当にお薦めである。数学の本にあるいきなり出てくる抽象的な定義など全くなく、具体的であり、それでいて論理はしっかりしている。ただ証明が略されている部分はいくつかあった。そういうところは他の本で補えばいい。大事なことは線形空間とは要するに数ベクトル空間のことであり、線形変換の基本的アイデアを理解することだ。わたしはこの本を何も詰まることなく最後まで読んだ。そして線形代数学がわかったと思った。年をとった私にはもう味わうことのできない幸せな時間を与えてくれたのだ。まだ売られているので強くお薦めする。

2010年12月26日

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