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美幌峠の思いで①(北見から屈斜路湖へ)

 美幌峠を私は忘れることができない。これを書くのは私にとって大きな喜びである。それは、大学3年目の夏、1991年の8月である。当時私は大学のラグビー部に所属していた。そのラグビー部の夏合宿が北海道北見市で行われた。私はその夏合宿にサイクリング自転車持参で参加した。この当時、合宿地の北見には部員の車に分乗して札幌から行っていたのだが、自転車をいかにしてその合宿地に運んだのか全く記憶にない。おそらく、大きめの車に積んで持ってきたのだろうが、当時、部員が持ってたのはセダンタイプばかりだったと思うし、人が乗ったら、自転車を積む余裕はないはずである。で、今書いててふと思ったのだが、後から来るOBの人に持ってきてもらったのかもしれない。きっとそうだ。

 能書きはこれくらいとして、私はこの合宿が終わったら、自転車で札幌まで帰るつもりだったのである。で、合宿が終わって北見をでるわけだが、ここで、【忘れられた日本人、宮本常一著、岩波文庫】の思いで に登場するW君に登場してもらわなければならない。

 前も書いたとおり、W君とは当時同じ下宿に住んでいた。で、その年の8月の始めくらいのことだと思う。私の部屋から見える粗大ごみ置き場にレース用の自転車が捨ててあった。それをW君が発見し、拾って乗ってみたらまだ使えた。で、W君は何を思ったかその自転車で旅にでると言い出した。リュック一つを持って。彼は読書家で外見は真面目そうで、今は社会的にそれなりの地位にあるのだが行動はめちゃくちゃのところがあった。そういうところが気の合うところだったのかもしれない。それで、W君もさすがに心細いと思ったのか、「石狩湾(?)ぐらいまでいっしょにいかない」と私を誘った。私はあっさり断った。当然のように。W君はものすごく軽装で出かけたので3日くらいで帰ってくると思っていたがいっこうに帰ってこなかった。そうこうしているうちに私の北見合宿が始まった。

 で、8月の16日(これは確か)に私のラグビー部の合宿は終わったのだが、その終わる3日ほどまえくらいにW君から合宿所に伝言があったのである。これは、本当に不思議の話である。当時私達ラグビー部員は北見の競馬の騎手用の宿舎に泊まっていたと思う。私は当然W君にどこに泊まっているかを教えていなかった。おそらく、合宿の日程と北見でやるということ、それと自転車で札幌まで帰ることを教えていたのだと思う。その日私が練習から宿舎に帰ってくると、宿舎の人がW君というひとから連絡があったと言って紙切れを渡してくれた。それには、たぶん今オホーツク(?)海のあたりにいるというようなことが書いてあったと思う。私は驚き喜び興奮したと思う。W君は未だに旅を続けていたのである。それはいいとして、一体W君はどうやって私の宿舎の電話番号を調べたのだろう。北見市役所にでも「H大のラグビー部が合宿に来てると思うから連絡先を教えてくれ」とでも聞いたのだろう。今度会ったら聞いてみたい。

 その後W君からは毎日のように伝言があり、合宿の終わる前の日(?)に「屈斜路湖のどこどこで夕方まっとる。」という伝言があった。これで、私の札幌へ帰るコースが決まったのだと思う。私は美幌峠を通って、屈斜路湖に向かうことになった。

 さて、旅は合宿の最終日1991年8月16日に始まる。おそらくその日は練習はなく午前中の内に解散したのだろう。当時は多くのものが、旅をしながら札幌へ戻っていった。自転車は私一人だったが。私にとって自転車の旅は最初だったしこれが最後だった。

 北見市内を自転車をこいでいると自転車で旅をするひとにすれちがった。そのとき、なにか挨拶されたきがする。今はどうかしらないが、当時自転車旅をするもの同士がすれちがうと必ず挨拶していた。北見市内で私も普通のサイクリング者でリュックだけったったもので、あっちも旅行者かどうかわからなかったのだろう。それで、迷いのある挨拶をしたのだと思う。さて、旅は順調に進んだ。途中ラグビー部の連中が車で追い抜いていき私の自転車走行中の写真を撮ってくれたりした。それがこの写真である。リュックサック一つで、つっかけ、なめきった格好である。自転車もただのサイクリング車である。

 その日は快晴だった。旅は美幌峠の坂にさしかかって一気に苦しくなった。延々に続く坂道だった。おそらく途中自転車を降りて押したことだろう。当時現役のラグビー部員で体力には自信があったのだが。そして美幌峠の頂上について休憩した。絶景だった。まさに。屈斜路湖が眼前に広がった。坂を登りきった爽快感とともにわたしに何ともいえない興奮を与えてくれた。どれくらいその峠にいただろうか。私は坂道を下って屈斜路湖に向かった。すごい下りだった。時速60Kくらいはだしただろう。そしてW君の指定した屈斜路湖に着いた。

 屈斜路湖のどこで待ち合わせたかは覚えていない。キャンプ場だと思うが。どれくらい待っただろうか。ずいぶん待ったかもしれない。しばらくして、W君はまさに夕日をバックに現れた。本当に来るのだろうかという不安もあったと思う。なにせ、あっちが一方的に伝言してきただけなのだから。W君は旅先で知り合った人を伴ってきた。私はいまだに夕日をバックに真っ黒に日焼けをしたW君の映像が思い出せる。携帯電話があったらなんの感動もなかっただろう。なかったからこそできたすばらしい遭遇だったのである。まさに青春の1ページだったと思う。何の悩みもない底抜けに明るい時期だった。

2010年8月28日

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