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【国富論、アダム・スミス、大河内一男監訳、中公文庫】の思いで

 この本は私に経済学の考え方を教えてくれた本である。私は高校生ぐらいの頃から経済というものに興味を持っていた。よく、新聞に阪神優勝の経済効果とかでていて、どういう仕組みでそうなるのか疑問に感じていた。私が高校に入学したのは1986年で、いよいよバブルが始まるというころだった。そのころちょうど円高になっていたと思う。物の値段がずいぶん安くなったなあとよく感じたものだ。私が幼い頃は必ず毎年値上がりしていたが。海外旅行も急速に普及したのもこのころだと思う。

 そのバブルの最盛期の1989年に私は大学に入学した。1年目の前期に近代経済学(?)という科目があって履修した。解放の手びきの思いででも書いたが、私は高校生になると全く授業を聞かなくなってしまった。その癖は大学生になっても続いた。テストが近づいたとき、その近代経済学の担当の先生が1冊の本を紹介してくれた。それは「近代経済学、有斐閣大学双書、新開陽一、新飯田宏、根岸隆共著」だった。それで、私はその本を買って勉強した。確か1ページ目から、百数十ページくらいが範囲じゃなかったろうか。この本は非常にわかりやすく、私は完ぺきにわかったと思って試験に臨んだ。試験も完ぺきにできたと思った。が、成績は優、良、可の可だった。 試験前にせっせとこの近代経済学の本を読んだということは、そのころから、経済学に相当興味があったのだろう。私はこの本を早々に捨てたか若しくは古本屋に売った。今持ってるのはおそらく大学4年目の1992年ごろに又勉強したくなって買ったものである。森の生活の思いでで書いたように私は本をどんどん、惜しみながらも捨てるのである。

 私は大学生のとき、発展途上国の製品が安いのが不思議だった。ちょうど、兄が札幌に来た時、一緒に焼き肉を食べに行った。そのときその疑問をぶつけてみた。私の兄はクラブやアルバイトに精を出し、たいして勉強もしていなかったろうが一応経済学部を卒業しているのである。兄は詳しく説明してくれなかったが、私はただちにわかった。発展途上国では、貧富の格差がある。発展途上国の金持ちが日本製品を高く買うから、我々日本人は不当に安く発展途上国の製品が買えるのだ。と、その時わかった。今これを書いててうまく説明できてないと自分で思う。もう長年経済学など勉強してないので、お許し願いたい。この記事を書いているうちに、また自分の頭の中で整理できるかもしれない。

 その後、私の経済学の勉強は大学4年目の後半、もうクラブを引退した後に、前に書いた「近代経済学」を買いなおして少しだけ勉強した程度だった。私の20代後半は他のことに忙しかった。森の生活の思いででも書いたが、私は32歳の夏の頃、無職だった。その機会に経済を勉強した。私は30過ぎまでバブル経済の崩壊の原因を知らないほど現実社会に疎かった。その経済学を勉強しているときに出会ったのが、この「国富論」である。田舎(岐阜県大垣市)の本屋にこの全3巻がおいてあった。

 この本によって私は富というものは労働によって生み出されることを明確に悟った。物の値段というものは労働の値段だということも明確に悟った。今の世代の労働は今の世代の人しか扶養できず、決して未来の人を扶養できないことも。ちょっと考えてみれば当たり前のことだが、我々はお金を媒体に交換を行っているので、そういう基本を見失ってしまうのである。よく、政府が国債を発行すると孫の世代につけを残すというが、そんなことは、したくてもできないのである。孫の世代は決して過去の人たちを養ったりすることはできない。もちろん、外国に借金する場合は別だが。私はたまにこういう主張をするのだが皆なかなかわかってくれない。私には自明に思えるのだが。

 私は国富論の1巻のごく一部しか読んでいないと思う。その一部で私の知りたいことはだいたいわかったと思ったのだろう。私は経済学者でも教師でもない。ただ知りたいから読んだだけなのでそれでいいと思う。

 経済学について私なりに感じたことを少し書いてみたい。勉強したのはずいぶん前なので思い違いがあったらお許し願いたい。私は経済を理解するのに数学は不要だと思う。もちろんなにか計算するのには有用だろう。近代経済学では限界効用とかいろいろなことがでてくる。しかしこういうのは特殊な仮定のみで成り立つ一種のゲームのような感じがする。その時に微分とかも出てくるのだが。近代経済学は数学というものを少し盲信しすぎていると思う。私が大学の1年目のときがまさにそうだった。だからこそ近代経済学が面白いと思った。そこらへんのことは佐和隆光著「経済学とは何だろうか」に面白く書かれている。近代経済学が何だったかも、もう忘れてしまったが少し思っていたことを雑ながらも書いてみた。少し文が乱雑になってしまったのは私がいいたいことが、自分の頭の中で、あまりまとまっていないからだろう。

 国富論は古典的名著だが極めて読みやすい本である。何の予備知識もいらない。私はぜひお薦めしたい。

2010年8月31日

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