第9章 ファインマンの経路積分
この章ではファインマンの経路積分について簡単に紹介する。私自身、ファインマンの経路積分について詳しくないので、簡単に紹介するだけである。 これは変分法の知識が物理の理解に役立つ数少ない例である。 この章での経路というのはただの空間の経路ではなく、第7章と同様の時間の関数としての空間経路である。第8章で扱ったような空間経路という意味ではない。この章は量子力学のブラケットの取扱の知識を前提とした。ここでの説明は、JJ桜井の現代の量子力学(吉岡書店)で得た知識を元に記述している。
9-1節 シュレディンガー方程式のプロパゲーター
シュレディンガー方程式に従う量子状態というものは、初期状態\(\big|\phi_0\big>\)が与えられれば、時間\(t\)経過後の状態は \[ \exp\left(\frac{\hat{H}}{i\hbar}t\right)\big|\phi_0\big> \] と決まる。そして\(\mathbf{r}'\)での時間\(t\)経過後の波動関数\(\phi(\mathbf{r}',t)\)は \[ \phi(\mathbf{r}',t)= \big<\mathbf{r}'|\exp\left(\frac{\hat{H}}{i\hbar}t\right) |\phi_0\big> \] である。右辺に\(\big|\mathbf{r}\big>\big<\mathbf{r}\big|d\mathbf{r}\)を挟んで積分すると \[ \phi(\mathbf{r}',t)= \int_\mathbf{r} \big<\mathbf{r}'|\exp\left(\frac{\hat{H}}{i\hbar}t\right) |\mathbf{r}\big> \big<\mathbf{r}|\phi_0\big>d\mathbf{r} \] となる。 \[ K(\mathbf{r}',\mathbf{r},t)\equiv \big<\mathbf{r}'|\exp\left(\frac{\hat{H}}{i\hbar}t\right)|\mathbf{r}\big> \] とおけば \[ \phi(\mathbf{r}',t)= \int_\mathbf{r} K(\mathbf{r}',\mathbf{r},t) \phi_0(\mathbf{r}) d\mathbf{r} \] と書ける。ここで\(\phi_0(\mathbf{r})\)は\(\big<\mathbf{r}|\phi_0\big>\)のことで初期状態の波動関数である。この\(K(\mathbf{r}',\mathbf{r},t)\)をプロパゲーターと呼ぶ。定義からわかるように、これは時間発展演算子の位置基底表現であり、最初\(\mathbf{r}\)に局在していた波動関数が時間\(t\)後に\(\mathbf{r}'\)へ移る遷移振幅である。
さてこの\(K(\mathbf{r}',\mathbf{r},t)\)を経路積分の形に書き換えよう。そのためにまず、簡単な例として時間を\(t=\frac{t}{2}+\frac{t}{2}\)と分割しよう。するとプロパゲーターは次のように変形できる。 \begin{eqnarray} K(\mathbf{r}',\mathbf{r},t)&=& \big<\mathbf{r}'|\exp\left(\frac{\hat{H}}{i\hbar}\left(\frac{t}{2}+\frac{t}{2}\right)\right)|\mathbf{r}\big>\notag\\ &=& \big<\mathbf{r}'|\exp\left(\frac{\hat{H}}{i\hbar}\frac{t}{2}\right)\cdot\exp\left(\frac{\hat{H}}{i\hbar}\frac{t}{2}\right)|\mathbf{r}\big>\notag\\ &=& \int_{\mathbf{r}''}\big<\mathbf{r}'|\exp\left(\frac{\hat{H}}{i\hbar}\frac{t}{2}\right)|\mathbf{r}''\big>\big<\mathbf{r}''|\exp\left(\frac{\hat{H}}{i\hbar}\frac{t}{2}\right)|\mathbf{r}\big>d\mathbf{r}''\notag\\ &=& \int_{\mathbf{r}''}K(\mathbf{r}',\mathbf{r}'',t/2)\cdot K(\mathbf{r}'',\mathbf{r},t/2)d\mathbf{r}'' \label{kei21} \end{eqnarray} 時間\(t\)での\(\mathbf{r}\)から\(\mathbf{r}'\)への遷移振幅というものは、時間\(t/2\)での\(\mathbf{r}\)から\(\mathbf{r}''\)への遷移振幅に、時間\(t/2\)での\(\mathbf{r}''\)から\(\mathbf{r}'\)への遷移振幅を掛けたものを、すべての\(\mathbf{r}''\)で足し合わせたものになっている(図9-1参)。
図9-1
式で書くと \(K(\mathbf{r}',\mathbf{r},t)\)は \[ K(\mathbf{r}',\mathbf{r}'',t/2)\cdot K(\mathbf{r}'',\mathbf{r},t/2)\Delta \mathbf{r}'' \] という数を、\(\mathbf{r}''\)を動かして、すべての経路について足し合わせたものになっている。今は時間を2等分したが、これは何等分でもいいわけで、一般に\(n\)等分としたら \(K(\mathbf{r}_n,\mathbf{r}_0,t)\)というのは
\begin{equation} K(\mathbf{r}_n,\mathbf{r}_0,t) =\int K(\mathbf{r}_n,\mathbf{r}_{n-1},t/n)\cdot K(\mathbf{r}_{n-1},\mathbf{r}_{n-2},t/n)\cdots K(\mathbf{r}_{1},\mathbf{r}_{0},t/n)\cdot d \mathbf{r}_{n-1} d\mathbf{r}_{n-2}\cdots d\mathbf{r}_{1} \label{kei1} \end{equation}
となる。これを経路積分と呼ぶ。位置基底でなく、運動量基底やエネルギー基底を使っても同様なことが言える。
9-2節 自由粒子のプロパゲーター
さて、次に自由粒子のプロパゲーターを具体的な形にしてみよう。要するに既知関数で表そうというわけである。 \(|\phi_i\big>\)を\(\hat{H}\)のエネルギー固有状態、\(E_i\)をそのエネルギー固有値とすると、\(K(\mathbf{r}',\mathbf{r},t)\)は \begin{eqnarray} K(\mathbf{r}',\mathbf{r},t)&=& \big<\mathbf{r}'|\exp\left(\frac{\hat{H}}{i\hbar}t\right)|\mathbf{r}\big>\notag\\ &=& \sum_{i,j} \big<\mathbf{r}'|\phi_i\big> \big<\phi_i| \exp\left(\frac{\hat{H}}{i\hbar}t\right)|\phi_j\big> \big<\phi_j|\mathbf{r}\big>\notag\\ &=& \sum_{i,j}\phi_i(\mathbf{r}')\big<\phi_i|\phi_j\big>\phi^*_j(\mathbf{r}) \exp\left(\frac{E_j}{i\hbar}t\right)\notag\\ &=& \sum_i \phi_i(\mathbf{r}')\phi^*_i(\mathbf{r})\exp\left(\frac{E_i}{i\hbar}t\right) \label{gut} \end{eqnarray} となる。自由粒子の場合、エネルギー固有値は \[ E_i=\frac{p_x^2+p_y^2+p_z^2}{2m} \] であり、固有関数は条件を使い周期を\(L\)として \[ \phi_i(\mathbf{r})=\frac{1}{\sqrt{L^3}}\exp\left[\frac{i}{\hbar}(p_x x+p_y y+p_z z)\right] \] である。\(p_x\)は周期境界条件のため、\(n\)を整数として \[ \frac{p_x}{\hbar}=\frac{2\pi}{L}n \] でなければならない。\(p_y,p_z\)も同様である (注 周期境界条件を使うというのは単に便宜上であって、要は\(\phi_i(\mathbf{r})\)が、その着目している空間を張ることができる基底になれればよいのである。それは\(L\to\infty\)すれば可能である。ここらへんは単に数学上の話なのであまり細かいことに拘らずに進んでもらいたい。)。 さて、これを式(\ref{gut})に入れてプロパゲーターを計算しよう。これからは退屈な作業なので、特に計算を追う必要はないであろう。結果だけみればいいと思う。
\begin{eqnarray} K(\mathbf{r}',\mathbf{r},t)&=& \sum_{\mathbf{p}} \exp\left[\frac{t}{i\hbar}\frac{p_x^2+p_y^2+p_z^2}{2m}\right]\frac{1}{\sqrt{L^3}}\exp\left[\frac{i}{\hbar}(p_x x'+p_y y'+p_z z')\right]\cdot \frac{1}{\sqrt{L^3}}\exp\left[\frac{i}{\hbar}(-p_x x-p_y y-p_z z)\right]\notag\\ &=& \sum_{p_x}\frac{1}{L}\exp\frac{i}{\hbar}\left(p_x(x'-x)-\frac{p_x^2}{2m}t\right)\cdot \sum_{p_y}\frac{1}{L}\exp\frac{i}{\hbar}\left(p_y(y'-y)-\frac{p_y^2}{2m}t\right)\cdot \sum_{p_z}\frac{1}{L}\exp\frac{i}{\hbar}\left(p_x(z'-z)-\frac{p_z^2}{2m}t\right) \notag \end{eqnarray}
となる。 \[ K_x\equiv \sum_{p_x}\frac{1}{L}\exp\frac{i}{\hbar}\left(p_x(x'-x)-\frac{p_x^2}{2m}t\right) \] と置こう。 \(K_y,K_z\)も同様に置く。すると \[ K(\mathbf{r}',\mathbf{r},t)=K_x\cdot K_y\cdot K_z \] となる。\(x,y,z\)成分とも同じなので、\(K_x\)だけ計算しよう。まず\(\exp\)の中を\(p_x\)の完全平方にする。すなわち \begin{equation} p_x(x'-x)-\frac{p_x^2}{2m}t=-\frac{t}{2m}\left(p_x-\frac{m(x'-x)}{t}\right)^2+\frac{m}{2}\frac{(x'-x)^2}{t} \label{kei41} \end{equation} とする。離散和\(\sum_{p_x}\)では計算できないので、\(L\to \infty\) として積分に置き換える。周期境界条件より \[ \frac{p_x}{\hbar}=\frac{2\pi}{L}n \quad \Longleftrightarrow \quad n=\frac{Lp_x}{2\pi \hbar} \] なので \begin{equation} \sum_{p_x}\quad\Longrightarrow\quad\frac{L}{2\pi \hbar}\int_\infty^\infty dp_x \label{kei42} \end{equation} と置き換えればよい。式(\ref{kei41})(\ref{kei42})から
\[ K_x=\frac{1}{2\pi\hbar}\exp\frac{i}{\hbar}\left[\frac{m}{2}\frac{(x'-x)^2}{t}\right] \int_\infty^\infty \exp \left[-\frac{it}{2m\hbar}\left(p_x-\frac{m(x'-x)}{t}\right)^2 \right] dp_x \]
となる。ここで積分変数を\(p_x\)から \[ \sqrt{\frac{t}{2m\hbar}} \left(p_x-\frac{m(x'-x)}{t}\right) =s \] と\(s\)に変換すると \[ K_x=\frac{1}{2\pi\hbar}\sqrt{\frac{2m\hbar}{t}}\exp\frac{i}{\hbar}\left[\frac{m}{2}\frac{(x'-x)^2}{t}\right] \int_\infty^\infty \exp (-is^2) ds \] となる。 \[ \int_\infty^\infty\exp (-is^2) ds=\sqrt{\frac{\pi}{i}} \] という公式を使うと \[ K_x=\sqrt{\frac{m}{2\pi i\hbar t}}\exp\frac{i}{\hbar}\left[\frac{m}{2}\frac{(x'-x)^2}{t}\right] \] となる。だから
3次元自由粒子のプロパゲーターは \[ K(\mathbf{r}',\mathbf{r},t)= \sqrt{\frac{m}{2\pi i\hbar t}}^{\;3}\exp\Bigg(\frac{i}{\hbar}\frac{m}{2}\left[\frac{(x'-x)^2}{t} +\frac{(y'-y)^2}{t} +\frac{(z'-z)^2}{t} \right]\Bigg) \] となる。
9-3節 ファインマンの経路積分の導出
\(\mathbf{r}\)から\(\mathbf{r}'\)へ時間\(t\)で動く力学の法則を満たす軌道のラグランジアンを時間\(t'\)の関数という意味で \[ L[\;\mathbf{r}',\mathbf{r},t\;](t'\,) \] と書こう。 \(\mathbf{r}=(x,y,z)\)から\(\mathbf{r}'=(x',y',z')\)へ時間\(t\)で動き、力学の法則を満たす軌道の、今の場合等速直線運動する軌道の、ラグランジアンの時間積分は \[ \int_0^t L[\;\mathbf{r}',\mathbf{r},t\;](t'\,)dt' = \frac{m}{2} \left[ \frac{(x'-x)^2}{t}+\frac{(y'-y)^2}{t}+\frac{(y'-y)^2}{t} \right] \] である。これを使うと
3次元自由粒子のプロパゲーターは \begin{equation} K(\mathbf{r}',\mathbf{r},t)= \sqrt{\frac{m}{2\pi i\hbar t}}^{\;3}\exp\left[\frac{i}{\hbar}\int_0^t L[\;\mathbf{r}',\mathbf{r},t\;](t'\,)dt' \right] \label{kei44} \end{equation} と書ける。
さて、プロパゲーターは時間を分割して経路の和で表すことが出来たのであった。例えば式(\ref{kei21})のように時間を2等分した場合、 \(K(\mathbf{r}',\mathbf{r},t)\)は \[ K(\mathbf{r}',\mathbf{r}'',t/2)\cdot K(\mathbf{r}'',\mathbf{r},t/2)\Delta \mathbf{r}'' \] という数を、\(\mathbf{r}''\)を動かして、すべての経路について足し合わせれば良いのであった。 式(\ref{kei44})を使うと、これは
\[ \sqrt{\frac{m}{2\pi i\hbar (t/2)}}^{\;3}\exp\left[\frac{i}{\hbar}\int_{t/2}^{t} L[\;\mathbf{r}',\mathbf{r''},t/2\;](t'\,)dt'\right] \cdot \sqrt{\frac{m}{2\pi i\hbar (t/2)}}^{\;3}\exp\left[\frac{i}{\hbar}\int_0^{t/2} L[\;\mathbf{r''},\mathbf{r},t/2\;](t'\,)dt' \right] \Delta \mathbf{r}'' \]
となり、これは
\[ \sqrt{\frac{m}{2\pi i\hbar (t/2)}}^{\;3\cdot 2}\exp\left[\frac{i}{\hbar} \left(\int_{t/2}^{t} L[\;\mathbf{r}',\mathbf{r''},t/2\;](t'\,)dt' + \int_0^{t/2} L[\;\mathbf{r}'',\mathbf{r},t/2\;](t'\,)dt'\right) \right] \Delta \mathbf{r}'' \]
と変形できる。 \[ \int_{t/2}^{t} L[\;\mathbf{r}',\mathbf{r}'',t/2\;](t'\,)dt' + \int_0^{t/2} L[\;\mathbf{r}'',\mathbf{r},t/2\;](t'\,)dt' \] は\(\mathbf{r}(0)\to \mathbf{r}''(t/2)\to \mathbf{r}'(t)\)を通る軌道のラグランジアンの時間積分であり、基本的には力学の法則を満たさない軌道である。\(\mathbf{r}''\)が変われば軌道も変わるので、 それぞれの軌道のラグランジアンを指標\(\lambda\)で区別して、時間\(t\)の関数としての\(L_\lambda(t)\)と書こう。 すると\(K(\mathbf{r}',\mathbf{r},t)\)は \[ K(\mathbf{r}',\mathbf{r},t) = \sqrt{\frac{m}{2\pi i\hbar (t/2)}}^{\;3\cdot 2}\int\exp\left[\frac{i}{\hbar} \left(\int_0^t L_\lambda(t')dt'\right)\right] d \mathbf{r}'' \] となる。 式(\ref{kei1})のように時間を\(n\)等分して、今と同様に考えれば