付録D 量子化
直交座標でのシュレディンガー方程式は −∑iℏ22mi∂2∂xiψ+Vψ=iℏ∂ψ∂t である。極座標や重心相対座標のような他の一般座標でのシュレディンガー方程式はどうなるかというと、それは単に微分の変数変換をすればよいわけである。すなわちqαを一般座標系xiを直交座標とすると ∂∂xi=∑i∂qα∂xi∂∂qα と変換すればよいわけである。一般座標でのシュレディンガー方程式とはただ単にそれだけの話しである。
このことを古典力学のハミルトニアンからの量子化という観点から扱ってみたい。直交座標での古典力学のハミルトニアンは
H=∑i12mip2i+V
であるが、この系のシュレディンガー方程式を作るには
pi⟹ℏi∂∂xi
と置き換えて、波動関数に作用させればよい。これは量子力学では、演算子ˆpiの位置表示がℏi∂∂xiだということである。では
一般座標でのハミルトニアンのpαを単純にℏi∂∂qαに置き換えたものが正しいシュレディンガー方程式になるのだろうか。
このことがここでの主題である。結論を先に言えば、極座標では正しくなく、重心相対座標では正しい。正しいのは座標変換が線形の場合である。線形というのは例えば(x,y)→(x′,y′)への変換で
x′=2x+3yy′=5x−4y
のような場合である。直交座標から2次元極座標への変換は
x=rcosθy=rsinθ
なので、線形変換ではない。一方、直交座標から重心・相対座標への変換は
xg=m1x1+m2x2m1+m2xg=x2−x1
であり、線形なので正しいのである。
ではこのことを示そう。座標変換に関係があるのは∂2∂x2iの部分だけなので、その部分だけに着目する。すると直交座標ではシュレディンガー方程式のハミルトニアン演算子は ˆH=−∑iℏ22mi∂∂x2i であるが、これを一般座標のqα系に変換すると ˆH=−∑iℏ22mi∑α∂qα∂xi∂∂qα∑β(∂qβ∂xi∂∂qβ)=−∑i,α,βℏ22mi[∂qα∂xi∂qβ∂xi∂2∂qα∂qβ+∂qα∂xi(∂∂qα∂qβ∂xi)∂∂qβ] となる。これが一般座標でのシュレディンガー方程式のラプラシアンの部分である。一方古典力学のハミルトニアンはどうか。直交座標での運動量をPi、一般座標のそれをpαと書こう。さて定理4-3で述べたように Pi=∑α∂qα∂xipα である。Hは不変量なので(定理4-4)、一般座標で表したハミルトニアンは、直交座標のHに式(2)を代入した式になる。すなわち直交座標では H=∑i12miP2i なので、一般座標では H=∑i,α,β12mi∂qα∂xi∂qβ∂xipαpβ となる。さて、式(1)と式(3)を比べてみると、式(3)でpα→ℏi∂∂qα と置き換えてみよう。置き換えるときpは右端におく。順序が異なれば異なる演算子になるからである。さて置き換えただけでは量子力学のハミルトニアンには一致しない。置き換えてさらに −∑i,α,βℏ22mi∂qα∂xi(∂∂qα∂qβ∂xi)∂∂qβ を加えなければならない。 ところで、変換が線形のときは、これは0となる。 以上のことをまとめると次のように言える。
定理D-1 一般座標でのハミルトニアンは H=∑i,α,β12mi∂qα∂xi∂qβ∂xipαpβ である。運動量pαを右端におき、 運動量pαを pα→ℏi∂∂qαと置き換えて演算子とする。その演算子にさらに −∑i,α,βℏ22mi∂qα∂xi(∂∂qα∂qβ∂xi)∂∂qβ という項を加えれば正しいシュレディンガー方程式の演算子が得られる。直交座標からの座標変換が線形のときは 加えなくて良い。
さて、事実としてはただこれだけの話なのだが、これをテンソルの記号を使ってすっきりさせよう。 このいわゆる余分な項(4)を変形しよう。 ∑i,α,βℏ22mi∂qα∂xi(∂∂qα∂qβ∂xi)∂∂qβ=∑i,α,λℏ22mi∂qα∂xi∑jδji(∂∂qα∂qλ∂xj)∂∂qλ=∑i,j,α,λℏ22mi∂qα∂xi(∑β∂qβ∂xi∂xj∂qβ)(∂∂qα∂qλ∂xj)∂∂qλ=∑i,α,β,λℏ22mi∂qα∂xi∂qβ∂xi∑j[∂xj∂qβ(∂∂qα∂qλ∂xj)]∂∂qλ さて一般に Γλα,β≡−∑j∂xj∂qβ(∂∂qα∂qλ∂xj) という記号がテンソルの世界では使われる。Γλα,βの定義はいろいろ可能だがとりあえず、これも1つの定義である。この記号を使うと ∑i,α,βℏ22mi∂qα∂xi(∂∂qα∂qβ∂xi)∂∂qβ=−∑i,α,βℏ22mi∂qα∂xi∂qβ∂xi∑λΓλα,β∂∂qλ となる。 これを式(1)に代入すると H=−∑i,α,βℏ22mi[∂qα∂xi∂qβ∂xi(∂2∂qα∂qβ−∑λΓλα,β∂∂qλ)] となる。
さて共変微分というものを(本当に)簡単に説明しよう。 共変微分演算子∇αをスカラーψに作用させるというのは ∇αψ≡∂ψ∂qα と定義される。すなわちたたの微分である。また∇β∇αψは ∇β∇αψ≡∂∂qβ∂ψ∂qα−Γλβ,α∂ψ∂qλ と定義される。 さてこれを使うと ˆH=−∑i,α,βℏ22mi∂qβ∂xi∂qα∂xi∇β∇α となる。これは単に式(1)をテンソルの共変微分の記号で書き換えただけである。ただ式(5)のように書くことで、ずいぶん見通しがよくなったと感じる。さて、式(5)を一般座標での古典力学のハミルトニアン H=∑i,α,β12mi∂qβ∂xi∂qα∂xipβpα と比べると pα⟹ℏi∇α と置き換えればよいことがわかる。これが、テンソルの言葉を使った、qαがどんな座標であろうとも成り立つ量子化の手法である。すなわち
定理D-2 古典力学のハミルトニアン H=∑i,α,β12mi∂qβ∂xi∂qα∂xipβpα で、運動量pαを右端に置き、 pα⟹ℏi∇α と置き換えれば正しいシュレディンガー方程式の演算子が得られる。ここで∇αは共変微分。